あの課長のバカが——

おしゃべりはストレス解消になってはいるけれど、それはそれだけのこと、問題は一向に解決しません。今日もやれば明日もやる、では理性的とはいえません。「課長のバカ」というなら、何故そのバカを目覚めさせるための手だてを考えないか? その課長の下で働くのがいやだというなら何故自分が具体的に他の課へ転出するための具体的方法を考えないか?

考えていないのではない、考えてはいるのですが、それより、「考えたってどうなるものではない」という「想い」の方がずっと強いのではありませんか?

私はこれを教育のせいだとあえていうのです。

洞察力(中山正和)」〜第三章、p82

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